天空の茶屋
天空の茶屋
寄せては返す波の音。
それは海が刻む地球のリズム。
この星が生まれた時から続く悠久の営みに思いを馳せる。
 「いろんな所からたくさんの人が沖縄に来てくれるのはなぜだと思う?海がきれい。冬でも暖かい。何より、時間の流れ方がゆったりしているでしょ。特に都会から来た人には大きな魅力なんだよね。

 沖縄ののんびりした時の流れは、いったいどこからきてるんだろう、と考えてみたことがあるんだけどね。緯度のせいかな。気候的には亜熱帯だから、自生している植物が違う。育ち方も違う。赤道に近くなればなるほど成長が速いでしょ。 台風で木が倒れても、すぐに成長する。青々した緑が回復するのにそれほど時間はかからない。 逆説的だけど、 成長が早いからこそゆったりしていられる。急ぐ必要がない。

 僕たちのDNAに刻み込まれているんだろうね。バスが遅れても誰も怒らない。競争が少ない。失敗に寛容で、めったなことではクレームを言わない。なにごとにもおおらかで、 相手の失敗や過ちに目くじらをたてない。打ち寄せては返す穏やかな波のように、多くの人がゆったりしたリズムで生きているのが沖縄なんだ」
 波の音を遠くに聴きながら、緑のアーチを抜けていく。青い空と白い雲が木の葉の間から交互に顔を覗かせる。太陽が昇ってすぐの早い時間だからか、メジャーな観光ガイドでは紹介されることのない知る人ぞ知る場所だからか、人の気配はほとんどない。

 息をひそめて耳を澄ますと、虫の鳴く声や、風に吹かれて擦れあう葉っぱの音さえ聞こえてくる。思考のスイッチをオフにして、五感だけに集中して立体庭園を登っていくと、自分が亜熱帯の自然に溶けていくような錯覚を覚える。おかげで心が洗いたてのリネンのようにまっさらになる。

 すると、静寂を破るように突然、赤翡翠(アカショウビン)の鳴き声が聞こえてきた。「キュルルルルルー、キュルルルルルー」。この渡り鳥は燃えるような真っ赤なくちばしと赤っぽい羽毛が特徴で、ガジュマルの木の上で暮らす精霊、キジムナーのモデルと言われている珍しい鳥だ。一度聞いたら忘れられないメロディーを、手を伸ばせば届きそうなところで奏でてくれる。
 30分、あるいは1時間ほどは歩いただろうか。時間を忘れて登り続けていたら、庭の頂上にいつの間にか辿り着いていた。目の前には、沖縄の伝統的な木造家屋が、赤瓦の屋根を厳かに天に向けている。緩やかな傾きの屋根がつくる涼しい日陰。吹き抜ける風が頬の汗を撫でるように拭ってくれる。

 波音に誘われて、登ってきた方向を振り返った。遥か遠くの赤道付近から太平洋を渡ってきたうねりが、なみげーり(リーフエッジ)にぶつかって白いしぶきをたてている。サンゴ礁に囲まれている目の前の海は、イノー(礁池)と呼ばれる穏やかな浅瀬で、干潮時と満潮時とで最大700mも波打ち際の位置が変わる。

 ただ美しいだけではない目の前の海。長い旅の果てに、打ち寄せては白い花を咲かせる波、波、波。潮の満ち引きが奏でる地球のリズムを感じることで、自分たち人間がこの星とつながっていることを思い出させてくれる。
 手入れの行き届いた緑の芝生の上で猫がごろりごろりと寝返りをうつ。つい最近まで庭の一角には、神木のような大きながじゅまるがそびえていた。猛烈な台風が情け容赦なく襲いかかったその瞬間まで、大地を抱くように枝葉を広げて立っていた。 「世代交代の時期がきた」。大木が倒れた時、この木の主は忘れることのできない思い出に涙した。けれども、自然の摂理だと何度も何度も自分に言い聞かせた。

 この場所からは沖縄戦の戦跡を右手の奥に望むことができる。 摩文仁の丘。平和の礎。沖縄には乗り越えてきた歴史がいくつもある。その多くは、海の向こうから押し寄せてきた「荒波」によってもたらされてきた。

 「沖縄には目を背けたくなる悲しい歴史がたくさんある。 伏せたい過去、見せたくない過去。だからといってなかったことにはできない。悲しみにうちひしがれるままにもしておけない。僕たちは悲しみを乗り越えてきた。寄せては返す波がゆっくり、ゆっくり、時間をかけて涙を洗い流すようにしてね」。
 寄せては返す波の音。それは海が刻む地球のリズム。この星が生まれた時から続く悠久の営みに思いを馳せる。赤瓦の古民家の軒先でうつらうつら。忘れていたあの頃を、まどろみの中に思い出す。

 「塾もないあの時代、学校では遊びながら勉強してきた。故郷を飛びだして那覇で暮らしている時には気付いてもいなかった。あらためてこの場所に来て、ここの素晴らしさがよくわかった。コザには三線、エイサー、闘牛、ロックがある。ここには派手なもの、大きくて立派なものはないけれど、夜空に瞬く星のような、小さくてキラリと光るものはたくさんある」。