さちばるやーどぅい

秋午前1010

はじめに神はここに降りたって、
すべてがはじまった

 この世にまだ人間がひとりもいない遥か昔のことでした。風向きが北に変わってしばらく経ったある日、ひとりの神様が何かに誘われるようにして、この島に降り立ちました。東の空の雲の上から地表を見下ろしたとき、紺青から瑠璃色に、そして露草色へと、数えきれないくらいの色彩のグラデーションで彩られている海が、目にとまったのです。息をのむような海に囲まれたその島は、まるで海を揺蕩うタツノオトシゴのようにも見えました。ザクッ。神様が降りたのは珊瑚が細かく砕かれてできた砂浜でした。天頂に届く前の、斜めから降り注ぐ太陽の光を受けて、浜辺はまばゆいくらいきらめいています。おかの方に目をやると、ぎざぎざした険しい岩肌の大きな岩が、深緑の樹々の間から顔をのぞかせていました。

 ゆっくりと近づいていくと、清らかな水が湧き出ていることに気づいた神様は、こぼれ落ちないように注意しながら手のひらで掬いました。「生まれてから何万年も経つが、こんなにおいしい水は飲んだことがない」。満足そうに微笑むと、甘い香りのする湧き水で喉を何度も潤しました。お腹は十分すぎるほどいっぱいです。横にはちょうどいい大きさの洞穴があったので、少しだけ休もうと横になりました。旅の疲れがたまっていたのでしょう、すぐに眠りに落ち、不思議な夢をいくつも見ました。

 しばらく経って、鳥のさえずりで目を覚ましましたが、それがどんな夢だったのか、神様はすぐに忘れてしまいました。洞穴の外へ向かい、「ふぁーっ」っと大きく伸びをしたときのことです。「なんじゃこれは」。思わず大きな声で叫びました。足元には今まで見たことのない珍しい果物がたくさん並べられていたのです。神様の声に気付いた動物たちが森の中から次々に集まってきました。「神様お待ちしていました。北の方に助けをもとめている仲間たちがいます。どうか私たちと一緒に助けにいってください」。突然のことでしたが、放っておくこともできず、眠い目をこすりながら、神様は動物たちが導く方向に歩いていきました。

冬午後326

変わり者の夫婦が土地を磨く

 天から降り落ちる恵みの雨が大地を潤し、か細い流れがいく筋も合わさって、川ができました。長い道のりをかけて山から海へと注ぎ込む川のように、ゆっくり、ゆっくり、時が流れました。幾万年分もの時が過ぎていき、20世紀も終わりに差し掛かった頃のことです。変わり者の夫婦がこの島に一軒のカフェを建て始めました。「こんな場所でカフェをやっても客なんて来るわけない」。 周りには二人を笑う人もいましたが、二人はそうした声に耳を貸すことはなく、黙々と土を整え、石を積み、柱を立て、海辺のカフェがついに完成しました。

 その後、夫婦はもう一軒、カフェを建てようと考えました。「あの夫婦はどうかしているに違いない。こんな近くに二軒目のお店を構えるなんて」。再び、周囲の人が囁きはじめました。でも、一件目のカフェはとても繁盛していたので、今度はひそひそと、陰でしか悪口を言えませんでした。海辺のカフェを見下ろす小さな山には、この島が誕生した時から根を張り続けて来た樹々や草花が生い茂っていました。その山はもともとこの夫婦の先祖たちが切り開いた部落でした。けれども、大きな戦争の時に土地が奪われて、人が暮らせなくなったために、いつしか緑に覆われてしまったこの土地は、見捨てられた原野に変わり果てていたのです。

 「この土地を昔のように人が集う場所にしたい」。夫婦はついに二軒目のカフェを完成させました。海側の道路からカフェまでは、王国時代のお城のように立派な石造りの階段が続いています。階段の両側には季節の花々が咲き誇り、鳥がさえずり、蝶が舞っていました。しばらくすると、夫婦は二軒目のカフェの上に素敵な庭園をつくりました。今度はさすがに誰も何も言うことができませんでした。完成した庭園は、「幸せの野原」と名づけられました。
 よく晴れた冬のある日、夫婦は大きく育ったガジュマルの木の下で、三時のお茶を楽しんでいました。ひと仕事もふた仕事も終えて、ほっと一息ついていたのです。ふたりが何気なく南の空を眺めると、まだ明るいのに、ほうき星が東の方へすーっと流れていきました。

春午前623

目覚めた蕾が花開く

 白い犬を連れた女性が、ガジュマルの下の芝生に身を横たえて、渡り鳥のさえずりに耳を澄ませていました。いつものように庭の手入れをしていた夫婦が声をかけると、透き通った声で自分のことを話しはじめました。どうやら北の国からやって来た旅人のようです。
 雪のように透き通った肌をしたその女性は、南の島の陽気に誘われて、一週間前にこの島にたどり着いたそうです。目に映る色も、耳に流れ込んでくる音も、手でふれる肌触りも、鼻をくすぐるかぐわしい香りも、どれも経験したことのない未知の感覚で、女性はたちまちこの島の虜になりました。

 女性はその日、庭園に建つコテージで夜を過ごしました。窓を開け放って虫が奏でるシンフォニーに聞き惚れているうちに、いつの間にか眠りにつきました。夜も更けたときのことです。天から降りてきたという長い髪の神様が、女性に語りかけてきました。
 けれどもそれは、夢の中の出来事でした。そして、女性は何かの気配で目を醒しました。ベッドから身を起こすと窓のあたりが月明かりに照らされて、ゆらゆらと青白く輝いていました。
 誘われるようにベランダに出て空を見上げると、流れ星が二つ、三つ、四つと西の方に流れていったのです。「なんだろう、幻かしら」。女性はそう呟くと、足元から離れようとしないでいる犬を落ち着かせるように撫でてから、再びベッドへと戻っていきました。

 「ホーッ、ホーッ、ホーッ」。聞き慣れない鳥の声にいつもより早く起こされた女性は、せっかくだからと、白い犬を連れて浜辺に散歩に出掛けることにしました。岩を組んでつくられた階段を降りていくと、浜辺に置かれたビーチチェアのすぐ近くまで潮が満ちています。少し先の浅瀬で、初老の男性が網を投げていました。「まるで海の上のハンターだわね」。女性は犬に語りかけました。犬は主の方を向くと軽く首を傾けました。魚たちに気づかれないように、抜き足差し足で黒い影に近づいて、タイミングをはかって網をぱっと投げ入れる。網を手繰り寄せながら奇声をあげる。その人は、昨日、芝生に寝転んでいたときに話しかけてきた夫婦のひとりでした。

 見惚れていると、男性が抱える網の目から一匹の小さな魚がするりと逃げました。「子どもは明日のために逃がすわけよ」。子どもの魚を逃がすために、男性は大きな目の網を好んで使っているのです。その日に獲れた魚はミジュンとハララー。素揚げにして食べたり、ナンプラーの材料にしたりするんだよと、男は女性に言いました。「魚のおかげで人間様が生きていられる。お互い様ってことだね」。男が浜辺に戻ってくると、三毛猫が出迎えるように近づいてきました。「猫とチーム組んでるから、いつも大漁」。バケツ一杯の収獲で満足するのがこの島の流儀なのだと言い残し、男は猫を連れて階段を登っていきました。

夏午前97

それから

ここから先はあなたが描く物語。
どんなストーリーが待っているか、誰にもわかりません。
すべては書き手しだい。
すべてはあなたの想像力しだい。
完成したらご一報ください。
そして、あなたの物語を、ぜひこの場所で読んで聞かせてくださいね。
たき火を浜辺に用意して待っています。