さちばるの庭
さちばるの庭
「人間で言えば、親から子へと受け継がれていく
素質や個性。 この土地の特性である地勢をそのまま
生かした空間を、訪れる人に提供したかった」
「高校を卒業すると、生まれ育ったこの土地を離れて那覇に移り住んでね。土木設計のコンサルタントとして開発の世界に身を置いて、今とは真逆の世界にいたわけ。自己啓発セミナーに通って、『くしゃみまで日本語でする』っていうくらい自分を変えて…。

 稼いだよ。でもね、しばらくして『自分は何者だろう』、『沖縄らしい生き方ってなんだろう』って考えるようになったんだよね。やがて週末になると、家族を連れてここで過ごすようになった。ここで過ごした少年時代の生活が懐かしく思い出されるようになったから。

 あの頃は古い石積みがあちこちに残っていたし、集落内の目抜き通りもアスファルトじゃなくて、石畳だったんだよ。遊ぶ時、学校に通う時に、手で触れ足で踏みしめていた琉球石灰岩の感触が蘇ってきた。自然にどっぷり浸かって生きていた子どもの頃の感覚が鮮明に戻ってきた。それで、40歳のときに決めたわけ。都会的な生活を捨てて、ここに戻ろうってね。そして、始めたわけ。原風景を取り戻すことをね」
 海岸から小高い丘へと続く立体庭園が、浜辺の茶屋のすぐ近くにある。季節折々の植物や南国の生きものたちとも出会える素敵な場所だ。花の蜜に誘われてやってくる蝶やミツバチが舞う姿、水辺で戯れるカエルたちの陽気な鳴き声、夕方近くになるとどこからともなく聞こえてくる虫の音。自然が織りなす営みを心静かに楽しめる。

 庭というよりも森と呼ぶのがしっくりくるさちばるの庭には、シンボル的な古木がいくつか根を張っている。海を見おろす芝生の広場に大きく枝を広げる樹齢約150年のガジュマルが一つ。もう一つは大きな大きな石を我が子のように抱きかかえる樹齢約200年のウスクガジュマルだ。大海原を渡ってきては森の中を駆け抜けていく風に合わせて妖精たちが囁きだす。神秘的なほど静かな森。木漏れ日の中で緑輝く木の葉たちが風にそよいで踊っている。頂上へと続く山道の所々には展望スペースがしつらえてあり、湖のように穏やかなイノー(礁池)」を見渡せる。

 目を閉じると、見えないものへの畏敬の念がひとりでに湧きあがってくる。昔からこの島に根を張ってきた木々や草花。琉球王朝時代の先人たちが積み上げた段々畑の古い石積み。どこの集落にも普通にあった石畳も再現されている。何百年も雨にさらされて、彫刻作品のような趣のある古い石に手を触れると、はるか昔の人の鼓動が聞こえてきそうだ。
 庭づくりを進めるにあたって大切にしてきたことの一つは、人が通る道に個性を持たせ、道を『作品』にすることだった。 石積みに用いた石の9割はこの場所にもともとあった琉球石灰岩を活用した。さちばるの庭の近くにある港川エリアは、海に生息する有孔虫の殻や貝殻などの欠片が石灰岩と一緒に固まってできた粟石の一大産地。独特の風合いを持ち、苔がむす粟石は、ヴィラさちばるのレセプションやリラクゼーションサロン『アマミキヨ』のアプローチなどに使用されている。

 庭づくりには近所に住む70代のベテランの石工も関わってもらった。この庭は、長年に渡って受け継がれてきた匠の技を、次世代に手渡す役割も果たしている。ちなみに、沖縄には野面積み、布積み、相方積みという三通りの石積み方法が継承されているが、ここではそのすべてを見ることができる。
 目の前の海辺から移植したハマゴウ、やんばるの森でもお馴染みのヤブランやサクララン、親株から増やしていったオオタニワタリ、山の茶屋の近くのヘゴ、モンステラに似たハブカズラ。沖縄の風土が育んできた植物たちは、すぐに根を張り土地に根付く。庭に大きく手を加えても4、5年で自然の森と区別がつかなくなる。

 年末から1月にかけてはツワブキが黄色い花を、2月から3月にかけては石灰岩の多い場所に自生しているボンボレーがぼんぼり型の花を咲かせる。3月には春を告げる真っ白な百合の花が庭を彩る。4月に入ると野生種のグラジオラスがオレンジ色の花で庭を初夏の色に染める。5月には梅雨の到来を告げる月桃が可憐な白い花をつける。7月から9月にかけてユウナが黄色やオレンジの花を、11月から12月には山芙蓉がハイビスカスに似た白やピンクの花で森を飾る。クワズイモ、ニガナ、フーチバー、シシダマなど、花が咲かない植物も大事にされている。
 「あれは確か18歳だったはず」。創業者の稲福信吉さんがホルトの木を指差した。この木は斜面を担いで運び上げて移植したお気に入りの木だそうだ。4歳になったばかりだというガジュマルは、稲福夫妻と親交が深かった画家の野津さんが生前にプレゼントしてくれたものだという。「天国から見守ってくれている気がする」。この木が枝葉を広げているはずの10年後、ガジュマルがつくる木陰でお茶を飲むのを楽しみにしている、と顔をほころばせる。残した木、切った木、運び込んだ木。それぞれに思い出が宿っている。

 「私たちの欲望を満たすために、彼らの生活を奪うことはしたくない。だから、メジロが好む樹木や、オオゴマダラなどの蝶の幼虫が好きな食草など、もともとこの場所に自生していた植物をできる限り残したんだよ」。

 沖縄の風土やこの庭の先住者である植物や昆虫や動物たち生き物の営みを、五感を通じて体感してもらいたいと、整え直したのがさちばるの庭だ。「こんな場所に人は来ない」と多くの人にいわれてきたれたけれど、雨垂れが石を穿つように、来る日も来る日も、土を整え石を積み続けた。今、私はその庭に立っている。そして、五感を通して大自然とつながっている。